卒業生 展覧会のお知らせ◎


中西 信洋 Nobuhiro Nakanishi
“みえるものとみえないもの”

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展示風景:《Stripe Drawing-Transparent view》 2011、エングレービング/アクリル、200X400X1700cm、国際芸術センター青森  撮影:山本糾
(C)Nobuhiro Nakanishi, Courtesy of Yumiko Chiba Associates


99年彫刻科卒業の中西信洋さんの展覧会のお知らせです。


[作家コメント]
私にとってのものを見ることとは  中西信洋

私は対象を観察して物体に置き換える塑像や描写という行為により得た経験から『ものを見るということ』について自覚したことが多くある。その体験の中で感じられたことに、「部分と全体」「ネガとポジの意識」「時間と記憶の集積」「視覚の触覚性」「身体の置き換え」などがあげられる。
私にとっての作品とはものを思考、認識する過程であり、世界の捉え方そのものであると言える。
中でも『身体の置き換え』は私にとってものを捉えるということの中心にある。例えばミケランジェロの彫刻を見る時、奴隷のポーズ、表面を覆う骨と筋肉の流れは私たちに同じポーズをしたときの肉体の痛み、拘束感を思いおこさせる。それは単なる肉体の痛みだけでなく奴隷の精神の痛みであり、また作者の感情のあらわれであるとも言える。私たちの視線と肉体は奴隷の肉体と精神に置き換わる事も出来れば、刻まれたのみ痕を通じてのみをふるう作者の力と感情に置き換わることもできる。人間がものを見るという行為は身体の置き場所を探る行為であるとも言える。
また、人体が彫られたり、描かれたりしたような具象的なものに留まらず、空間自体にも身体の置き換えや拡張が見られる。例えば、霧の出る寒い朝の風景などはものの輪郭、遠近、水平、大きさを曖昧にし、空間いっぱいに充満する水蒸気は遠くの山並みから網膜の表面にまで地続きに満ちていて、冷たい空気は皮膚の毛穴を刺激し、目や鼻や口の奥に入り込み、体の内部を感じさせ、身体の外と内との境界を曖昧にさせる。
このような風景の中では自分の身体は溶け出して水蒸気の間にかすかに見えるもののように断片化され、空間そのものに溶け出してしまったかのように感られる。このときの身体は具体的な対象に置き換わるのではなく漠然とした空間に溶け出した器官の様な存在として置き換わる。
このように視覚や皮膚感覚の経験を通じてあらゆるものに触れることの出来る人間の視線は細部を意識しながら同時に全体を眺め、取り巻く空間との関係の中でものの存在を意識する。視線を移動させながら常に見る事の出来ない向こう側を感じ、見えているものと見えていないものを同時に埋めていく行為を繰り返している。
これはただものを見ているというよりは神経と記憶と触覚を駆使し、全身で空間を捉えようとする行為である。


会期:2013年11月22日(金)~2013年12月21日(土)

時間:12:00ー19:00

休日:日・月曜、祝日

会場:ユミコ チバ アソシエイツ VIEWING ROOM-shinjuku
   東京都新宿区西新宿4-32-6パークグレース新宿206
   Tel: 03-6276-6731

YUMIKO CHIBA ASSOCIATES
http://www.ycassociates.co.jp/jp/information/nobuhironakanisi_soloshow2013/

造形大学彫刻科の4年間で行う塑造の経験をへて、独自の表現へ展開された中西さんの作品を是非ともご覧下さい◎

彫刻の学生さんたちに、是非とも!!!










まい




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by zokei-chokoku | 2013-11-27 20:37 | 教員・卒業生の展覧会など | Comments(0)
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